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角松敏生 予告編

今回からスタートした「虎平太の熱っ!neTV」の予告編展開!

まずは、角松敏生さんの回をちょっとだけ見せちゃいます(笑)。
名古屋まで行脚して収録したかなりレな映像ですぜ(笑)。

本編では、

TOSHIKI KADOMATSU Ballad Collection

についての話や

TOSHIKI KADOMATSU PERFORMANCE 2006"PLAYER'S PRAYER"SPECIAL 2006.12.16 NAKANO SUNPLAZA

についての話をこれでもかというぐらいたっぷりと語ってくれてます。

角松敏生

角松敏生さんのプロフィールです。〜角松敏生オフィシャルサイト より〜

角松敏生(かどまつとしき)※本名同じ

1981年6月、シングル・アルバム同時リリースでデビュー。以後、彼の生み出す心地よいサウンド は多くの人々の共感を呼び、時代や世代を越えて支持されるシンガーとしての道を歩き始める。

また、他アーティストのプロデュースをいち早く手掛け始め、特に1983年リリースの杏里「悲しみがとまらない」、1988年リリースの 中山美穂 「You're My Only Shinin' Star」はどちらも角松敏生プロデュース作品として業界チャート誌の第1位を記録、今だスタンダードとして歌い継がれている。

1993年までコンスタントに新作をリリース、いずれの作品もチャートの上位を占める。年間で最高100本近いコンサート・ツアーを敢行、同時に他アーティストのプロデュース作も上位に送り込んだ角松だったが、当時の音楽シーンへの疑問などに行き詰まった彼は、この年の1月27日、日本武道館でのライヴを最後に自らのアーティスト活動を『凍結』してしまう。しかしこの“凍結期間”は、逆に「プロデュース活動」をさらに多忙にさせるといった結果となり依頼が殺到し、プロデューサーとしての手腕を存分に発揮した。

また、1997年にNHK“みんなのうた”としてリリースされたシングル「 ILE AIYE(イレアイエ)?WAになっておどろう」/AGHARTA(アガルタ :角松敏生が結成した謎の覆面バンド )は社会現象ともいえる反響を集め大ヒット。1998年2月の<1998 長野冬季オリンピック>閉会式では自らAGHARTA のメインヴォーカルとしてその大舞台に立ち、今や国民的唱歌「WAになっておどろう」 が披露され、この映像は全世界に向けて映し出された。

『凍結』から約5年、角松敏生は遂に自身の活動を『解凍』することを宣言。1998年5月18日、活動を休止した同じ日本武道館のステージに再びその姿を現した。その「He is Back」コンサートのチケットは発売直後にソールド・アウトとなる。

以後制作されたオリジナルアルバムは、チャート誌のベストテン入りを果たし、現在の音楽シーンにおいてもリアルタイムな存在をアピールしているアーティストである。

2001年にデビュー20周年を迎え、さらに精力的に活動する角松敏生は、新たなチャレンジとして映画「白い船」の音楽監督、さらに役者として芝居の殿堂でもある下北沢・本多劇場のステージに主役として立つとともに音楽、映像監督を同時に務めた。

白い船

2003年7月に発売されたシングル「君のためにできること」は、チャート誌初登場6位を記録し、その存在を証明した。

2004年はシングル「Startin'/月のように星のように」が2作連続となるシングルTOP10入りを果たし、20周年のLIVE DVD発売、それぞれコンセプトを持った2枚組のアルバム「Fankacoustics」をリリース。そして秋から2005年春までかけて全都道府県ツアーという精力的なLIVEを行った。

2005年はツアー終了とともに、ツアーから派生した新たなるアプローチを試みたアルバム「THE PAST & THEN」と再び錦織監督と組んだ映画「ミラクルバナナ」のOSTをリリース。

ミラクルバナナ

2006年は6月に25周年を迎えるにあたり、その映画の主題歌「Smile」、そしてオリジナル・アルバムのリリース、横浜アリーナでの25周年記念LIVEと今年も精力的な活動が展開される。

そして・・・角松敏生の挑戦はさらに続く。


角松敏生 予告編

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